〜も〜

〜も〜も〜も〜も〜も〜(※繰り返す)
 
山道はあちらこちらと抜かるんでいた。春の日に照らされて溶けた雪を地面が吸い尽くせない。山道に冷たい泥水が流れ出ていた。長靴を履いてきたとはいえ、泥水の嵩は増え勢いは増す。更に登って行くと、そのうちに山道は到底進める道ではなく、どうどう流れる泥の川になった。「あれは見たかい?」というわりに「あれ」がなんだか思い出せない。どうもうまくないなと、道の脇に立つ木をたよりに泥川の淵を年老いた手長猿のように進む。
泥の匂いに混じって青臭い風が鼻を突く。山が春の空気と水分を思い切り吸い込み思い切り吐いている。確実に山全体が目を覚まそうとしている。「さてと、夜までに辿り着かなくっちゃ。」夜に動くと山の夢の中で迷子になる。それはとても危険なことだ。
しばらく行くと泥の川の水が減ってきた。脇にはチラホラ雪が積もっている。冷気が首筋に入ってくる。山の尾根沿いに出る。進んで行くうちに道はドンドン細くなる。踏み外すと死ぬなと思う。1人で山に入るものじゃないなぁと思う。でも、1人で入らないと分からないことが沢山ありすぎる。さっきから、水が落ちる音が響いている。もう少し行くと滝壺につくはずだ。岩壁のロープを頼りにクモのように進むほかはないほどに道は険しくなる。ロープは随分新しい。こんな山の中に人がくるのだ。先の岩を回り込むと誰がかけたのか細い吊り橋もある。どんな場所にだって人が行くらしい。世界は狭くなったという人がいる。そんなわけないのにと思う。吊り橋を渡る。随分と下の方に水の流れが白い糸のように見える。へその下を持ち上げられた感じがして、足がすくむ。顔をあげると吊り橋の先に白い犬がいる。ヤバいな、山犬かな?と目を細めて良く見ようとしたら、背後で「もしゅんっ」とクシャミが聞こえた。え、誰だ?恐る恐る振り返ると黒い犬がバツの悪そうに目をそらした。
「はいはい、白い犬も黒い犬も温かいですか」
 滝壺の側には祠と洞窟があった。今晩はこの洞窟で野宿になる。3畳ほどの広さがある洞窟の中は地熱で暖かかった。
じきに日が落ちて夜になったが、その夜は月が蛍光灯のように明るくって、轟々と落ちる滝が白く煙り光って見えていた。上から丸いものが飛んできて、真ん中辺りにトポンと落ちる。水に巻かれて浮いたり沈んだりしている丸いものは、そのうちに解けて広がって溶けた。あぁ、溶けてしまった。残念に思いながら、次を待つ。ひゅん、とぷん、急いで、滝壺に飛び込む。せめて種だけでも。どんどん実は溶けて行く。あぁ、間に合わない。と、私は滝壺の底に沈んでしまう。底は桃の種でいっぱいだった。これを持って上がれば良いかと、桃の種をつかむ。でも、つかんだ瞬間に種は崩れてしまう。やはり、編み上げたもので包まれてなきゃダメなのか・・・。私は底を蹴り、上がって行く。白犬が楽しそうに犬かきをしている。口には桃をくわえている。あ、それをくれよ。犬は何食わぬ顔で滝壺の淵で待つもどきの元に桃を届ける。あぁ、また沈もうとしている私にもどきがホラ貝を吹きながら、もう一つ私の分もあると、泳ぐ黒犬を指差した。私は安心して浮かぶ。黒犬が嬉しそうに桃をくわえ泳いできて、腹の上に桃をのせてくれる。


 何か影みたいな桃が腹の上で、もうもう もくもく もけもけ もこもこ もさもさ もしもし もそもそ もたもた もちもち もともと もにもに もはもは もふもふ もほもほ もみもみ もやもや もよもよ もりもり もれもれ もろもろ もわもわ もがもが もぐもぐ もごもご もじもじ もぞもぞ もきゃもきゃ もきょもきょ もぎゃもぎゃ もぎゅもぎゅ もちゃもちゃ もちょもちょ もんもんと波打ち際の藻のようにあちらにもこちらにもそちらにもと桃が増殖する。
 頂上の方から泥の川をどんぶらこどんぶらこ桃が流れていく。