かわで(つづきの前)

 一刻前からの夕立はまだ止みそうにない。テーブルの脇で、犬が急にやたらとononと呼ぶので、Nは飲みかけのコーヒーのカップを片手に犬の前にしゃがんで様子を伺う。
「どうしたんだい?」
犬の目の奥に、赤い点が光っている。
「何処ら辺だろうか?」
Nはコーヒーを一口すすり、天井を見上げる。犬はNの袖口をくわえて、玄関の方へひっぱろうとする。
「えー、すごい雨なんですけど、雷も鳴ってるし・・・。」
Nはやんわりと犬に行きたくない気持ちを伝えると、犬も天井を見上げ少し考えて、Nを水槽の方へ頭で押す。水槽の中には、水草のマツモが少し植えてあるだけで、魚などは飼っていない。
Nは、マツモが揺らぐのを見ると気持ちが良いと感じる。Nはコーヒーを一口含ませながら、水槽を目を細めて見ながらる。
「あ、イロイロと何かしてるんだ。で、一つが心細いのかぁ。えー、でも、これ・・・。」
犬は、Nに Wan と一声吠える。
「え、やっぱり行かなきゃダメかい? 大丈夫だと思うんだけど・・・。」
と言いながら、Nはコーヒーをもう一口飲んでから、テーブルにカップを置いて、玄関へ行き、黄色い合羽を着ると、少し面倒くさそうに犬に目をやる。犬はononononとNに言う。Nは玄関の扉を開け、一呼吸すると、雨の中に走って出ていった。犬は器用にドアを閉めると、水槽の前に戻りゆっくり座ると眠り始めた。
 水槽の中には3㎝位の4つの泡が漂っている。中の一つがフルフルふるえて波紋を出していた。