『黒男』-2

 黒い男が、吸い込まれた闇の隅に立っていた。尻以外は黒だ。尻は塗り残したのか、擦れ落ちたのか、尾っぽがとれたのか。花柄の生地と白い生地と簾を持っている。ハサミのような手の指には、黒い髪の毛が絡みついている。確実な何かを探っている目玉は、くっきりと闇から浮かび上がっている。
 もう手遅れ。見たらアカンと思いながら、私は目が離せなくなった。目の筋肉に集中して、何とか視線を床に落とす。畳にパリパリに乾いてぺったんこになった団子虫が、へばりついてる。真っ暗だ。どうしよう、ドキドキしてる。キチンと扉を閉めなかった。 
 ゆっくりと闇が動きます。
 
 山の中を走っていたな。助手席には君が乗っていたよ。そのうちに、ホイールから白い煙が飛行機雲みたいに出始めた、黒いアスファルトの道に、白い線が車の後ろにスッと続いていてね、空が本当に水色でさ、綺麗だったよ。「たいしたスピードが出てる」って君が言ったよ。僕は、もっと君を喜ばせようとして、運転席の窓から身体を出して、後部席の窓から車内に戻ったんだよ。運転席にH君がいてね「江ノ島に行くよ」って言ったんだ。いつのまにか僕が助手席にいて、後ろの席にはインディアンの娘がいたよ。そして、彼女は歌を歌っていたんだよ。