《山の中-4》

《山の中-4》
 たぶん、S子が意識を失っていたのは一瞬だった。その証拠に、車は走り続けているし、ラジオのパーソナリティも角 純一のまんまだ。このまま気絶してたいと思ったが、覚醒してしまったものはしょうがない。S子は、羽田の顔を見ないように正面の青いボンネットの下に道路が吸い込まれていく映像に視界を固定し、「羽田、その顔は人間使用に戻されへんのか?」と聞いた。視界をロックしても右目の右隅に黒い犬っぽいものが見えてしまう。手に汗がにじむ。
「戻せるで」「じゃあ、戻せ、今すぐ戻せ、その顔はセクハラやぞ」「戻すけど、顔で判断する方がセクハラやんけ」「うっさい、アホか。そやなきゃ、即殺す」「怖いちゅうねん」「うっさい、恐怖で怯えてんのは、こっちやわ」「犬の顔もカワイイのにや」
S子は隣で羽田の顔が変形していくのを感じながら、「羽田、犬になるにしても、何にしても、ゆっくり、やれたら、すまなそうに、やってもうた方が、覚悟とかが、出来るから、これからは、そうしてくれや」とゆっくりと言った。「・・・ごめん、びっくりさせたろっ思って」羽田はすまなそうに言ってみせた。S子はチラッと羽田の方を見たが、「・・・羽田、・・・鼻が黒いままやし、口と鼻の間の線がクッキリしすぎや。まだ、かなりキモい・・・」と視界を正面に戻した。羽田は鼻の頭を軽く触ると「ホンマや、鼻濡れてるわ」とうれしそうに言った。

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◎余談→S子と羽田の会話は河内弁なのでガラが悪く聞こえますが、河内方面では大体こんな感じです。語尾に「ヤン」とか「ヤンケ」が付くので有名ですが、「ヤ」と「ッ」の使い方に特徴があると思います。そして、やはり全体的に3段階位はコワイです。なので、河内方面に出かける際には気をつけてください。ちなみに、メジャーな大阪弁は、所謂、浪速弁ちゅうやつです。
☆【役立つ河内弁講座】
[うっさい、アホか。そやなきゃ、即殺す]→「そういう問題ではないでしょう。どっちにしても、そうしてくれなきゃ困るわ」
[カワイイのにや]→[カワイイと思うのにな]