《山の中-3》

《山の中-3》
・・・ブォーム・・・ブォーム・・・ブォーム・・・ブォーム・・・ブォーム・・・何の音やろう、山の中の音に混じって妙な音が聞こえる。「吉野の名物、大峯の修験者の法螺貝の音や、心の迷いを打ち砕くらしいで」「ふーん、ほんだら、修験者の誰かが悩んどるんやな」
・・・ブォーム・・・ブォーム・・・ブォーム・・・ブォーム・・・ブォーム・・・・・
「あ、ダムや、デカイなぁ、キレイやな・・・」「確かに、真中に浮かんだらさぞ気持ちいいやろな」水がエメラルドグリーンや。S子は通り過ぎて行くダムを見ながら、この上流の水が湧き出してる場所に、3人で行った時のことを思い出していた。「あの水はホンマにキレイやったな。でも、むちゃむちゃ、冷たかったな」と羽田が言った。「うん、あれは、一番スーパーエメラルドグリーンやった。」とS子は答えながら、今日は、まさみさんは何で一緒に行かへんのやろか、羽田と喧嘩でもしたんかなと思っていた。「別に、喧嘩してないよ。向こうで会えるで」「そうなんや、先に行ってるんか・・・ん? ・・・羽田、さっきから、うちの考えてること読んでないか?」「最近、覚えたテレパシーや」と羽田は笑いながら言った。テレパシー? こいつ、とうとうオカシなったんか? 「ホンマやって」と言いながら、コンクリートの橋を渡った所で車を止めた。
「その先に、汚いけどハイキングの人用の公衆便所あるで」と羽田は小さい灰色の建物を指差した。実は、S子はさっきからガマンしてたので、とにもかくにもトイレが先やわと急いで車を降りた。スッキリして車に戻ると羽田が居ない。ドコかで一服でもしてるんかなと周りを見渡すと、羽田は川原に下りていた。「おーい、もう行こうー」と橋の上から呼びかけると「あーごめん、ごめん」と言いながら、小走りで車に戻ってきた。
再び、車は二人を乗せて快調に山の中を走り出した。しかし、さっき川原で振り向いた羽田の顔が一瞬オカシかった気がする。え?耳が頭の上にある・・・。S子は見間違えたんやと自分に言い聞かせた。「見間違いじゃないよーん」とS子の方を見た羽田の顔は、口が耳まで割けていた。悪い冗談や。S子、気絶。